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十里木関所跡と石仏(裾野市)

越前岳の裾を歩いた後少し時間があったため、十里木の関所跡を訪ねてみました。

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国道469号線沿いに、関所跡の説明書きがあります。

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横には、石仏群が祀られています。

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後ろの階段を上ると、右のような石仏がありました。残念ながら、刻まれた文字も見えず、どういう石仏なのか不明です。

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石仏は、庚申塔、馬頭観音、お地蔵さんなど様々です。

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石仏に着生した地衣類が、長い歳月を物語っています。前列右は、仏教系の庚申信仰の礼拝対象「青面金剛」かな?

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左の庚申塔には、江戸時代の元号「寛政」の文字が見えます。1789年~1801年・・第11代将軍徳川家斉の時代です。右は、猿田彦の文字が刻まれています。こちらは神道系の庚申信仰の礼拝対象だそうです。

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関所の説明書きの横には、馬頭観音が祀られていました。右の関所跡の石碑は、昭和48年に大昭和観光株式会社が寄贈したものです。この場所では、説明書きが見え難い・・。

関所というと、箱根の関所と新居の関所が頭に浮かびますが、ここは我が家から一番近い所にある関所跡です。

【十里木】

十里木村は、寛文年間、御殿場市内印野境「春木沢」に須山新田として居住していた村人が、寛文九年(1669年)の富士郡と駿東郡との郡界争いが起こった際、これを機会に寛文十三年(1673年)に現在の位置に移り住んだのが起源とされております。

十里木街道は、富士宮と箱根竹之下とを結ぶおよそ十里の道のりで、竹之下より足柄峠を越え、相模へ通じる街道です。

裾野市の案内板より抜粋

次は頼朝の井戸を訪ねます。

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